ユルタ思考回路

ヽ(・∀・)人(・∀・)ノ

仕事で得れるもの、余暇で得れるもの

最近はワークライフバランスばっかりのこのブログ。
ターゲッティング広告も「残業代もらってないとおもったら」とか「サービス残業は違法です」とか、そんなのばっかになってしまいました(でもそれ専門のブログじゃないんだよ!)(あと広告は余りにも主張しすぎなので広告なしの有料コースを検討中です)
 
さて前回のエントリで「とりあえず収入は気にしないで、どの活動が純粋に満足を感じるかに焦点を絞ろう!」という結論に達しました。
 
 
なので、今回はとりあえず、仕事の利点と、仕事以外の活動(余暇)で得れるものを思いつくままに、ブレインストーミング的に出してみたいと思います。
 
 

仕事で得れるもの

・お金が増える=食べたいものが食べれる、欲しいものが帰る、行きたい所に行ける=好きな生活ができる。お金を消費して目的を達成する。
・集団に所属できる。所属欲求の充足
・所属集団の中でのヒエラルキーを得れる。偉くなれる。権威を得れる。
・誰かに認めて貰える。承認欲求の充足
・自分の能力を活かせる。自分の能力や可能性を最大限発揮できる機会を得れる。自己実現欲求の充足。有能感。
・社会に影響・貢献できる。
・自分と関連のない世界と繋がる可能性がある
・誰かの役に立っている感を得れる。
・自分の存在価値を感じられる
・新たな人間関係を築ける
・成長できる。
・収入があることがステータスになる。モテる。
 

余暇で得れるもの

・フロー体験を得やすい。自身の快楽を最優先できる。
・すでにある人間関係を維持したり楽しんだりできる。
・興味関心を最大限追求できる。知的好奇心の最優先。
・美味しいものを作ったり、欲しいものを作ったりできる。時間を消費して目的を達成する。
・ゆるい。義務感から解放。
・自由である。経済活動や活動意義を無視できる。
・のんびり出来る。極論何もしなくても良い。
 
 
…こんな感じかな??
他に何か思いつくのがあったらコメントください!
 
 
そして、

気づいたこと

・仕事も余暇も得れるものは沢山あるが、得れるものの性質が違う気がする。
マズローの5段階欲求は、仕事のみで満たすことができる。逆に余暇のみで満たすのは難しいように思う。 
・仕事は長期的に利点があることが多いが、余暇は短期的に利点があることが多い。
・ただし人間関係においては逆の傾向がみられる。
 
 
 (o-´ω`-)フムフム…
 
てか、仕事で得れるものが多くてびっくりした!
余暇よりも項目数だけで言えば多いからね。
 
ノシ

幸福感と収入の関係と、そこから分かったこと

ワークライフバランスについて考える今日この頃。

結局、マイベストな結論は出ないまま、あれこれ考えてますが(難しい!)、ちょっと指標として参考になりそうな研究があったので、紹介します。


タイトルの通り「年収650万までは、収入に応じて幸福度は上昇するけど、それ以上は年収と幸福度は関係なくなる」というもの。

マジか…。

じゃあとりあえず650万まで、がんばって働いてみるか…

まだ遠いな…

ゲームしてる場合じゃなかったか…


…ん?

これよく読んでみると個人の収入じゃなくて、世帯収入じゃん!


てことは、共働きのウチの場合、もうすでに超えていました。

つまり、収入上昇による幸福度の上昇は、共働きでお互い300万ちょい稼いでいれば、もう限界値ってこと。

まあ、確かにどっちかと言えば幸せだけど、全然贅沢な生活は出来ていないし、この間もお金がなくて外食するの諦めたばっかりだし。

お金があればもっと幸せになれると簡単に思っていたけど、そういう訳でもないんだね。


ということで、結論。

①幸福感的には、共働きなら1人あたりの年収は325万で十分。

②そこから先の幸せは、収入以外の要素による。


ってことは、私の場合、今のところは収入はそんなに気にしなくてもOK

むしろ、ワークライフバランスにおいては、どの活動が純粋に幸せを感じるかってことに焦点を絞ってよし!ということか。


ほうほう…なるほど

ちょっと考えやすくなったぞ。


※追記
つまり、世帯収入650万以上でお金の面で幸福を感じられないことがあったら、それは収入の問題じゃなくて、お金の使い方の問題ってことになるよね。
こういう点でも、この研究結果はとても便利な指標だと思う。


ではまた〜 ノシ

ブラック企業の原因は労働者

ちょっとワークライフバランスからは離れるんだけど、ブラック企業について書いてみる。

私はブラック企業の最大の原因は、会社でも上司でも国でも資本主義でもなくて、労働者自身だと考えている。

なんでかって??

だって、そんなブラック企業で、されるがままに働いてるのはあなたでしょ、って思うから。

嫌なら労働基準監督署に告発すればいい。サービス残業自体が違法なので、指導が入れば確実に残業代払ってもらえます。労働時間の記録なり証拠は自分で抑えておきましょう。

次に低賃金。
最低賃金以下であれば、これも違法なので労働基準監督署に告発すれば解決。
最低賃金以上だけど納得がいかない場合は、交渉するか、ストライキするか、転職すればいい(転職しても給料変わらないなら、それは自分の市場価値がその程度なだけで、ブラック企業の問題ではない)。
ストライキは日本では最近ほとんどやられていないけど、正式な手続きを組めばストで生じた損害の賠償責任は免れるなど、ストライキをする権利が法律で認められています。

最後にパワハラ
これも度が過ぎると違法行為だし、そこまで行かなくても労働基準監督署に相談すれば、一人で解決が困難な時は会社との間に入ってくれます。


とまぁ、これだけ解決方法や支援機関、法律や権利があるのに、それを行使しないで、ブラック企業で働いて、結果ブラック企業を成り立たせているのは、労働者のあなた自身でしょ、と思うわけ。


自分はなにもしなくても、我慢してれば誰か正義のヒーローが勝手に現れて解決なんてストーリーを期待するのは甘えすぎでしょ。まずは自分で動かなくちゃ。せめて助けを求めるだけでも。


私は、初めて務めた会社はサービス残業が当たり前だったけど、労基に相談して、上司に労基に相談してることを言ったら、それだけでなくなったよ。さらにその後いくつか転職したけど、その先でサービス残業を強いられたことは一度もない。


解決方法はあるんだよ。
ただ使っていないだけ。

つまりブラック企業問題の一番ヤバイ根っこは、ブラック企業自体ではなくて、働いてる当の本人が自ら解決しようとしないこと。


なんでこんな事が起こるのか最初は本当に不思議だった。
(初めて務めた会社は相談した後、私はサビ残なくなったけど、他の同僚はその後も変わらずサビ残してた)


でも、色々調べたり、同僚に聞いたり、考えたりしてみて分かったことがあった。
ブラック企業に甘んじている人の考え方の特徴は大体、次の3つに集約されてた。

①面倒を起こしたくないor起こしてはダメだと思っている

②人に嫌われたくないor嫌われてはダメだと思っている

③自分自身では何も解決できないと思っている


①の考え方を持つ人は、なんだかんだ文句は言うけど、自分で面倒を引き受けて解決しようとは思わない。意見言ったり、相談したりするのはめんどくさいからね。

②の考え方を持つ人は、やられるのが当たり前の集団の中で、自分だけ抜け駆けすることができない。周りも我慢してるんだから、私も我慢しなくちゃと思ってしまう。あと、戦うべき相手に意見することができない。

③の考え方を持つ人は、もう最初から諦めている。


なので、ブラック企業にいて辛い思いをしてる人は、まず自分の考え方を変えてみるところから始めないといけないのかもしれない。

たまには面倒な事を自分からする必要もあるし、みんなに好かれるなんてまず無理だし絶対嫌われちゃいけない訳でもないし、少なくとも労働基準監督署に電話することくらいは出来るし…ってな感じで。


で、気持ちが整ったら労働基準監督署に電話してみよう。

最初は理解してもらえなかったり、職場で嫌なこと言われたり、くそめんどくさい事になったりするかもしれないけど、根気強く続けていけば、必ず解決する問題だから。

不当な扱いをずっと我慢するよりも、解決するための苦労の方が100倍マシな気がしない??

プア充の真の強みは時間

最近ネットで、プア充(所得が低くても充実してる人)の強みは「安定」だ!という記事( 年収300万円だからこそいい “プア充”提唱者が語る、女性が本当に幸せになれる結婚とは?|ウートピ )をみたんだけども、それ違くない?と思ったので、書いてみる。

プア充の強みは安定していることではなくて「時間が充実していること」じゃないかな??

だいたい安定していてプアな人ってそんなにいないでしょ。記事では、公務員とか例にあげられてるけど、今の時代「プアでいいから公務員」なんて選択肢ないですから!バブルじゃないですから!

今のプアは、派遣とかフリーターとか、正社員だけどめっちゃ給料安いとか、そんな感じですよ。で、それは別に安定してる訳でもなくて、いつクビになったり倒産したりしてもおかしくないような状況。むしろめっちゃ不安定。まぁでもそんなこと言ったら、プアじゃなくても、安定なんてもう何処にもない幻想だけど。

とにかく安定が強みではない。

一方で、時間はとにかくある。
自分の給料上げるために、さらに働いたり、勤務時間外に努力したりする必要がないから。(週40時間以上働いても生活が苦しい人や、そんなに働けない事情がある人は生活保護をもらいましょう)(サービス残業を無理やりさせられる人は労基に行きましょう)

だから仕事がない時は、テレビ見たり、おしゃべりしたり、読書したり、ネットしたり、美味しいご飯作ったり、散歩したりして、のんびり優雅に過ごす事ができる。こういうのって工夫すれば、お金はそんなに必要ないから生活保護レベルの所得でも十分可能。

テレビはリサイクルショップで安く買えるし、おしゃべりは家とか公園ですればタダだし、読書は図書館で借りればタダだし、ネットは月額3000円くらいだしパソコンもスペック気にしなければ凄い安いのあるし、最悪ネットは携帯でもみれるし図書館でもみれるし(図書館最強)、図書館が遠ければ散歩がてら歩けばいいし、食材も安いものでも工夫すれば美味しく作れるし。

とまぁ、所得が低くても時間さえあればある程度充実した生活できるじゃんということ。

逆に、仕事に生活の多くをつぎ込んで、お金は持っているけど、遊ぶ時間や家族と過ごす時間がない、って本当に充実してるって言えるのか、って問題定義がここから見えてくる。

時間を犠牲にするリッチか、お金を犠牲にするプアか。

それってワークライフバランスの問題そのものだよね。



短期的な満足か、長期間な満足か

ワークライフバランスだけに限らないんだけど、自分の時間を使う時の基準に、短期的な満足を優先するか、長期的な満足を優先するか、の選択の問題があると思う。

例えば、休みの日の過し方で、ゲームをするのはその瞬間は楽しい(=短期的な満足)。一方で、仕事の役に立つ勉強をするのは、短期的にはゲームよりは楽しくないけれども、あとあとより仕事が上手く行ったりして、長期的には満足度が高いと思う。

どっちを優先するかは、その人の人生観によるけれど、市場的に価値があるのは明らかに長期的な満足を優先した場合の方。短期的な満足を犠牲にする人ってやっぱりあんまりいないから、そうやって創り上げられた能力や成果物ってやっぱり貴重なんだと思う。もちろんその中でも市場に合った選択と集中は必要だけど。

でも一方で気をつけなくちゃいけないのは、満足を先に引き伸ばしすぎて、いつまで経っても満足できない(あるいは満足できてもごく短い)という可能性。
これはよくネットでコピぺされてる「メキシコの漁師」の話そのもの。ググって貰えればすぐ出ると思うけど、簡単に言うと、少しだけ働いてお金はあんまりないけど時間はゆとりがあって満足している漁師がいて、その漁師にビジネスマンが「もっと一生懸命に働けばお金が沢山手に入るからいいよ」「そしたら最終的には、毎日好きなものを食べて好きな過し方が出来るよ」と勧めるんだけど、それに対して漁師が「(すでに時間にはゆとりがあるから)それならもう出来てるからいい」と答えるって話。
別に無理して働かなくてもそこそこ満足(短期的な満足)してるのに、それを辞めて無理して働いた先に待っていもの(長期的な満足)が、そんなに価値のあるものなの?(短期的な満足を長期間犠牲するだけ価値のあること?)っていうこと。
ここで言う価値っていうのは市場的な価値ではなくて、個人の人生の中での価値ね。

だからまあ、ただ盲目的に、長期間な満足を優先するのもどうかと思うし、だったら短期的な満足を優先すれば良いかというとそうとも限らない(少なくとも市場的には違う)ので、結局はどんな満足が自分は今欲しいのか、よく考えて選択して、その都度やってくしかないんだよね。

それが一番難しいんだけどね。。

ワークライフバランスを考える①

今回は、仕事とプライペートのバランス、いわゆるワーク・ライフ・バランスについて、考えたいと思います。

 

生活の大部分を占めて、かつ生活と切っても切り離せないものは「仕事」です。

 

例えば日本人の平均的な勤務時間(週5日間9時間勤務、通勤時間往復2時間)では、仕事にかける時間は週55時間(参考:特集 人はなぜ、8時間働くのだろう | Trace [トレース],1日の平均通勤時間はどれくらい? 理想は34分、現実は…… - ガベージニュース)

一日の平均睡眠時間を7時間とすると、一日の活動時間は24-7=17時間。一週間にすると、119時間(参考:睡眠 - Wikipedia)。

55÷119=0.462…なので、平均的な日本人は睡眠を除いた活動時間の約46%を仕事に費やしていることになります。

 

さらに、実際に給料をもらって働いている時間以外にも、サービス残業したり自宅で仕事したり、仕事関連の本を読んだり、自主的なトレーニングやワークショップに参加したり、外国語や資格の勉強をしたり、仕事づき合いやコネ作りをしたり、独立の準備をしたり…などなど、プライベートの自由な時間の中にも、現在や将来の仕事のために費やしている時間があります(46%+α)。この+αの時間を、ここでは「仕事関連の時間」と呼びます。

 

よっぽど単発の仕事を掛け持ちしているフリーランスフリーターの人以外は、仕事時間はある程度(少なくとも1年くらいは)固定ですが、この「仕事関連」の時間は自分の時間を配分するので、かなり自由で流動的です(ブラック企業じゃない限り…)。

 

つまり、

①仕事の能力を高めたい!稼ぎたい!そのためには余暇は無くてもいいややタイプ

②趣味をとにかく楽しみたい!そのためには仕事は最低限でいいやタイプ

③趣味を楽しみたい!でも仕事の能力も高めたい!どっちも両立したいタイプ

 

などと、その人の好みや意識によって、人それぞれのバランスが取れる領域です。

 

今回考えたいのは、この「仕事関連の時間」と「余暇の時間」のバランスについてです。

 

図にするとこんな感じ。

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どんな仕事をしたいか、どんなプライベートをすごしたいか、といった活動の中身も重要ですが、

自分の人生を、どれくらい仕事に使いたいか、どれくらいプライベートに使いたいか、といった時間の選択も重要なんじゃないか?、しかもそれを決めるのって結構難しい問題なんじゃないか??、と思うんです。

だって、仕事の時間を増やせば確実にプライベートの時間は減るし、逆にプライベートの時間を増やせば確実に仕事の時間は減ってしまうので。

 

なので、これから数回に分けて、このワークライフバランスについて考えてみたいと思います。

 

ちなみに私は上の①〜③で言えば、間違いなく③の両立したいタイプです。

だってどっちかだけってもったいないじゃん!せっかくの人生!と思ってしまう。

でも問題は、そのバランスです。

何かを得るためには、何かを捨てなければなりません…

 

よーし、考えるぞー。

 

つづく!!

なんか知らないうちに時間過ぎてた問題、解決法

時間は無限ではありません。

今日は休みだー、いっぱい時間あるぞー \(^o^)/と思っても、気を抜くとあっという間に夜になり、なにやってたんだよ俺…orzということがしょっちゅうあります。もうどうかと思う、そういうの。

人生の満足度を最大化したい私としては、この「何か知らないうちに時間すぎてた問題」は早急に解決しないとヤバイです。

ということで、限られた時間で満足度を最大限高めるために、次の対策を立てました。

①一日の始めに、その日に自由に使える時間を計算する
②その時間でやりたい事をあげて、時間配分を決める。
③タイマーを使って、決めた時間だけやりたい事をする。

まず①で、無限にあるかのように思える長い時間が、実際には何時間なのかを数値化します。その際、食事の時間とか家事の時間など、必ずかかる時間は引いておきます。

例:
・今日の時間=10時〜23時=11時間
・家事・食事等の時間=昼食1時間、夕食1時間、風呂1時間、その他家事2時間=5時間
・自由に使える時間=11-5=6時間

こうやって計算すると、丸一日あったとしても、使える時間はそんなに長くないことが分かります。

次に②で、その日やりたいことをあげて、時間配分も決めます。

例:
・ゲーム 2h
・DVD鑑賞 2h
・読書 2h

やりたい事を全部やろうとすると、ひとつにかけれる時間はかなり限られています。
この時に、やりたい事が多すぎる場合は優先順位をつけて削ります。

③実際にやりたい事を行う時に、タイマーを使って時間を全て図ります。

これには3つの意味があります。

1つは、決めた以上の時間を
不本意に使いすぎないため。アラームをセットしておけば、確実に気づくことができます。

もう1つは、「たとえ最初に決めた時間をオーバーしようとしても、他の時間とのトレードオフである」ということを明確にして、その都度納得のいく選択が出来るようにするため。例えば「DVDの続きが気になる!」という時も、なんとなく見てしまってその結果、何かができなくなる場合と、「読書をするのを諦めてDVDを見よう」と前持って自分で決める場合とでは、経験した内容は同じでも後の後悔と満足度は大分違います。

最後の一つは、決めた時間を実際に使えたか検証するため。2時間出来ると思っていたけど、1時間しか出来なかった、という場合は、①の使える時間の計算が甘かったという事になります。どこが問題だったのか振り返れば、次の日にはもっと精度の良い計算が出来るようになるはずです。

という感じで、この間の休みに3日ほどやって見ましたが、なかなか良い感じでした!
なんとなく過ごしていた時間が実はかなり限られたものだということが分かり、自分で納得して決めて、かなり有意義に時間を使う事ができました。まぁ、やっていること自体は対して変わらないのですが、後悔と満足度はだいぶ違います!

しばらく続けてみますよー。

ではまた〜ノシ