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ユルタ思考回路

ヽ(・∀・)人(・∀・)ノ

「なぜいじめられた人は助けを求められないのか」を考えてみませんか?

今に始まったわけではないですが、いじめを苦にした自殺が後をたちません。
 
自殺までいなかくても、いじめに苦しむ人は今この時もたくさんいると思います。
 
いじめの問題が明るみになると、「なぜ周りは気づかなかったのか」「いじめる側の道徳教育はどうなってるんだ」などと問題提起されがちですが、私はこの論点から解決策を出すのはあまり有意義ではないように思います。
 
だって、隠そうと思えばいくらでも隠せますし、悪い人間は0には出来ませんから。
 
それよりも優先して考えるべきことは『なぜいじめられた人は助けを求められなかったのか』だと思うんです。
 
先生に相談してもいい、親に助けを求めてもいい、警察に駆け込んだっていい、大人に助けを求めてくれれば打つ手はいくらでもある。
 
でもそれが出来ず、一人で抱え込み、最後には死を選んでしまう。
 
決して、いじめられた人を責めている訳ではありません。
 
そうではなくて、私たち大人が助けを求めてもらえる環境を作れていないことが問題だと思うのです。
 
なぜ助けを求められないのでしょう?
 
私は、不名誉さ、心理的視野狭窄、無力感が、その背景にあるように思います。
 
不名誉さ
いじめられることは実に不名誉なことです。友達に嫌われているなんて、自分でも認めたくないし、誰かに知られたくもありません。
だから子供はいじめられていることを大人たちから隠そうとします。全然大丈夫じゃないのに、大丈夫とか言っちゃったりします。あるいは自分に言い聞かせているのかもしれません。
 
この不名誉さを隠したい強力な気持ちに我々大人は何ができるでしょうか?
 
『たとえどんなに友達から嫌われても、私たち大人は(先生は)(親は)、あなたを大切に思う。だから辛いことがあれば話してほしい』と全ての子ども伝えてもいいのかもしれません。
 
心理的視野狭窄
いじめられると「チクったらもっと酷い目にあわされる」思い込ませれ「従うしかない」という他の解決策が考えられない状態になります。この状態が限界に達すると「この苦しみから解放される方法は、自殺しかない」と死ぬ事しか考えられなくなり、最後には死にいたってしまいます。
 
この心理的視野狭窄に私たち大人は何ができるでしょうか?
 
私が思うのは、とにかく他の解決方法を度々提示するということ。例えば、学校でいじめのアンケートを定期的にとるとか、家庭で「もしいじめられたら、絶対に助けてあげるから言ってね」と定期的に言うとか。「他の解決策もあるんじゃないか?」と子どもが思えるきっかけをたくさん用意してあげるといいかもしれません。
 
無力感
いじめられている多くの子どもは「大人に言っても何も変わらない(あるいはひどくなる)」と思っています。私たち大人が信用されていないのかもしれませんし、大人たちよりもいじめる側の力の方が強いと誤解しているのかもしれません。あるいは「言ったけど、伝わらなかった」という経験が積み重なって作られた気持ちなのかも知れません。
 
この無力感に私たち大人は何ができるでしょうか?
 
私が思うのは、信頼感というのは一朝一夕で作れるものではないしちょっとした事で崩れやすいものなので、信頼感に頼るのではなくて、いじめを相談してから解決に至るまでの強力なシステムを明文化して子どもに教えたらどうかと思います。例えば「先生に相談すれば、警察に通報されて、いじめっ子は補導される」など。
 
 
以上は、素人の私が一日ちょっとで考えたいじめの問題意識と解決案です。
間違っているところもあるかもしれませんし、足りないところもたくさんあるでしょう。
でも、こういう事を私たち大人が一人一人考えて、行っていくことが大切なんじゃないかと思うのです。
 
「なぜいじめられた人は助けを求められないのか?」
「それに対して、私たちは何ができるか?」
 
ぜひ、考えてみてださい。
 
で、よかったらコメントに書いてみてね。
 
ノシ